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はじめに

 2011年3月11日、地震に続く大津波によって、陸前高田市は壊滅的な打撃を受けました。市の中心部をなす平野部はもちろん、沢を駆け上った津波によって、気仙川流域では河口から7キロ地点までが一瞬に瓦礫と化しました。
 死者・行方不明者は2400人、家屋を失って避難を余儀なくされた人は1万6500人、震災時の人口が2万3000余であったことからみても、被害の大きさがお分かり頂けると思います。

 最大で1.28メートルといわれる地盤沈下によって、海岸線から400メートルが今も水没し、高田松原は一本を残して全滅しました。国定公園の指定をうけた景勝・高田松原は、防潮林として350年の歳月をかけて市民が守り育ててきたものでした。
 1960年のチリ津波の際には一部決壊したものの、見事に回復しました。広田湾に面して弓なりに続く2キロ7万本の松原は、市民の誇りであり歴史であり貴重な観光資源でもありました。津波は、街の人々が長い時間をかけて営々と築き上げてきた物を一瞬に奪い去りました。

 震災の1カ月前に就任したばかりの戸羽太市長は、ご自身も奥さんを亡くされ、市職員の4分の1を失うという困難な状況の中で復興の陣頭指揮をとっています。その戸羽市長が週刊誌での阿川佐和子氏との対談で、「街を修理するのでなく新しい街をつくる」「心配してくださった世界中の人に、あの陸前高田がこんなすばらしい街になったといわれるような街にする」と悲壮な決意を述べています。そして対談の最後に、「この街を桜でいっぱいにしたい」といっています。

 これを受け、私たち陸前高田内外の有志は「陸前高田さくらプロジェクト」を立ち上げました。桜を愛し被災地の復興を願う全国の皆さんに募金を呼びかけ、陸前高田の山野に10年間にわたって、街の人々とともに植樹をしていこうと考えています。高田松原を失った街の皆さんと共に、美しい街を取り戻していきたいと考えています。
 高齢化率35パーセントという現状を考えれば、復興は困難を極めることが予想されます。私たちは、その険しく長い道のりを、全国の心ある人々とともに伴走していきたいと思います。小さな桜の苗木が復興の足取りとともに生長し、時に道を失うことがあれば、花あかりが復興へのともしびになることを願ってやみません。

プロジェクトの目的および活動計画

 当プロジェクトは、再生復興の願いをこめて、陸前高田の山野に10年間にわたって桜の植樹を行ないます。場所、本数などは市と協議して行ないますが、少なくとも亡くなった方の数を植えていきたいと考えています。
 植樹は基本的に年に一度、広くボランティアを募って行ない、市民の皆さんと交流を深めていただき、息の長い支援をお願いしたいと考えます。

活動方針

◆山際の津波到達地点に桜を植えて、津波の猛威を後世に伝えていきたいと考えています。
◆高田街道と街中の道を桜並木にして、将来、「復興マラソン」のようなイベントを開催したいと考えています。
◆気仙川、矢作川の両岸を桜並木にしたいと考えています。
◆全国の著名な桜のクローンを保存会の方にお願いしてご寄付いただき、友好を深めていきたいと考えています。

寄付のお願い

 あなたも里親になりませんか。
 今は遠くから、そして将来、桜の咲くころ被災地・陸前高田を訪れ、元気に育つ子供たちを見守ってください。
 当さくらプロジェクトは亡くなられた方々を慰霊する意味をこめて、一口3000円で2400本の植樹をめざします。
 皆様の温かいご支援をお願いいたします。

寄付金の振込口座
  三井住友銀行 坂戸支店
  普通 4442182
  陸前高田さくらプロジェクト

組織体制

呼びかけ人(あいうえお順)
  岩渕貞夫(在京陸前高田人会会長)
  河野 勝(高田高校同窓会在京支部長)
  佐々木英一(生出地区コミュニティー推進協議会会長)

代 表 者 : 菅野祥一郎(陸前高田市立気仙小学校前校長)
事 務 局 : 小野隆夫(埼玉県鶴ヶ島市南町3−3−26)
会計責任者 : 村上孝二(千葉県船橋市薬円台3−21−3)
顧  問 : 村上育朗(教育未来研究会『そうぞう』主宰)
顧  問 : 大坂 俊(陸前高田市議会議員)

本 部
 〒350-2215 埼玉県鶴ヶ島市南町3−3−26 小野気付
 電話:049−286−2911


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